【なぜ他人を巻き込んで自殺を図るのか】京王線刺殺や病院放火にみえる心の闇

人間心理

京王線での刺傷事件、センター試験当日に東大前で起きた高校生による刺殺事件。そして、大阪クリニックの放火事件。他人を巻き込んで自殺をはかる「拡大自殺」が止まらない

なぜこの「巻き込み自殺の連鎖」が止まらないのか、結論を先にいってしまうとすべて「孤独」に起因しているのだとおもう。実際に心療内科にかかっている身として、見えてくる理由をまとめていきたい。

止まらない孤独感

犯人はこぞって「死のうと思ったが、どうせ死ぬのなら他人を巻んでやろうとおもった」と言っているらしい。なぜ他人を巻き込むような、むごい自殺がどんどん広がってしまっているのだろうか。

でもこれ、ただ「サイコパス」で済ませられる問題じゃないと思うのだ。もちろん、そんな思考はわからないし (わかりたくもない)のだけど、結論を先にいってしまうとすべて「孤独」に起因しているのだとおもう。

自殺を考えた人は19.1%!?

  • 社会生活がうまく送れない
  • 頑張っても報われない
  • 勉強しても成績があがらない

「もう死んでしまいたい」「こんな状態で生きているくらいならいっそ消えてしまいたい」そう思った人は少なからず、いるのではないかと思う。

というのも、厚生労働省調査よると、

今までに本気で自殺したいと思ったことがあるか聞いたところ、「自殺したいと思ったことがある」と答えた者の割合は19.1%となっている。それを行動に起こすかは別の話だし、他人を巻き込むかもまた別の話だけど、皆どこかやはり生きづらさを感じていることには変わりない。

消えたい = 辛くて仕方がない

先の記事に書いた通り、私も「もうこんなに辛い思いをするなら消えたい」と思ったことがやっぱりある。正直な話、携帯のケーブルを首にかけて、おもいっきりしめかけたこともあった。近くに愛犬がいて、こっちを悲しそうな顔で見ていたので我にかえってやめた (苦しかったし)

あれは衝動的なもので、私はどっちかっていうと「自分の痕跡を残さず、静かに消えたかった」。(いまおもうと)結局死にたいと思った理由は、自分が必要とされていないのではないという感覚だったのだけど、事件を起こす人も最初の動機はそんな感じなのではないだろうか。

「世の中に必要とされていない」

(たとえ勘違いだとしても)、これを感じるほど辛いことってないと思うのだ。

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わかってくれる人が一人いるだけで

しかもそのようにメンタルが落ちていると、(普通に過ごしているだろう)他人の人生が急に華々しく見えたりもする。本当に絶望した人は、衝動的に命をたってしまうことが多いと思うのだが、おそらく、こういった他人を巻き込む事件を起こす人は、結局のところ「人恋しい」のではないかと思う。

擁護する気もないし、同情する気もないけれど、

  • 「うんうん、わかるよ」
  • 「その状況はつらいよな」
  • 「私もそうやって思うことあるよ、でもさ」

と、わかってくれる人がひとり側にいただけでも全然違う結果になっていたのではないだろうか。

自殺相談ダイヤルの闇

大体メンタルが落ち込むのは、太陽が出ていない時だったりする。夜や冬になると鬱々とした気分になる人も多いと思う。つまり、が悩みやすいのは「夜」なの、間違った思考を生み出してしまうのも、大体夜だったりする(決行するのは翌日かもしれないが)

神田沙也加ちゃんが自殺したときも、マスコミは「一人で悩まず、自殺相談ダイヤルを」と呼びかけていた。でもさ、でもさ、本当に辛い夜に、「自殺相談ダイヤルは繋がらない」って知っている?私は結婚して田舎へ引っ越したけど、県の「自殺相談ダイヤル」って9時〜17時なんだよね。

大体9時になると、バタバタするから一旦マシになるのよ。それで、ようやく1日の色々がおわって静かになると「死にたい」気持ちが湧き上がってくるわけ。それなのに「自殺相談ダイヤル」にかけたとしても「今は受け付けておりません、また明日かけなおしてください」って言われるのよ。

必要な時に繋がらない

勇気を出してかけたときに、活路が絶たれた時の絶望感は半端ないんですよ。神田沙也加ちゃんの例ばかりで申し訳ないけど、もし彼女が夜悩んで自殺相談ダイヤルにかけていたとしても、つながらなかったと思うよ。

でもね、「東京」は人口が多いからか24時間やっているところもあるみたい。私はずっと都民だったので、なんとか助けてもらえるかなと望みをかけてかけてみたけど、「東京の基地局」からでないとダメなんだって。「ご自身の県へかけてください」って言われてしまって泣きながら朝を迎えた。

まあ、そりゃそうかもしれないけど。沙也加ちゃんが亡くなったのも北海道だったから、もし同じようにかけていたとしても、助けてくれる人はいなかったのかもしれない。

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日本は「心のケア」の後進国

話がずれたけど、これだけ悩んでいる人が多い中で、それを救済するシステムが、あまりに心元ないなと思うんですよ。心療内科にもかけたけど

  • 「初診は受け付けてない」
  • 「2ヶ月後になりますけど」
  • 「1ヶ月後にならないと枠があくかもわからない」とほぼ門前払い

いまはオンラインカウンセリングはあるけど、高いしね。社会的に困窮していたり、学生が利用するにはなかなか手が出ないよね。アメリカでは「心のケア」はわりとすすんでいて、カウンセリングを受けることは積極的に受け入れられている。でも日本では「心が弱っている」というと、「根性なし」みたいな目で見られているのも否めない。

駆け込み場がない日本社会

ちょっとまた話がずれたけど、なぜ他人を巻き込むかって「それだけ (本人の中の) 孤独がすごい」ってことだと思うんだよ。人と関わりたいし、助けて欲しい気持ちもあったんだろうけど、その解決策がなく時間がたってしまったために、それが憎しみに変わってああいった悲しい結果が起こってしまったと思うんだよ。

それはもちろん本人に責任があるんだけど、結局そういうのを無視して「なんとなくやり過ごしてきた社会の責任」でもあるんじゃないかな。ちなみにカウンセリングは保険も効かないので、45分で5,000円〜10,000円くらい普通にかかりますよ。マスコミも犯人の異常性を取り正すのではなくて、そういう「社会的な問題」を取り上げて欲しいな。

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まとめ

心の問題って軽視されがちだけど、本当に奥が深いし、逆にここをなんとかすることができれば、パワハラも、過労死も、異常な巻き込み事件もまた変わってくると思うんだよね。

ちょっと広い画だけど、「心を病んだ人」に対する周りの反応でわかりやすものがあったよ。

  「孤独感」ってね、本当にすごい怖いものなのよ。

時に人を狂わせるし、命だって奪うことになりえるし、冷静な判断ができなくなっていくのよね。人を傷つけるのは論外なんだけど (本当にそれだけはしちゃいけないとおもうんだけど)、誰かひとりでも「気持ちをわかってくれる人」がいたら、結果は違ったんじゃないかな。

「サイコパス」「異常な追い込み」「私生活」なんてキャッチーなワードで片付けないで、自分にだって周りにだってそういった「心の問題」が起こること理解して、少しでも「そういうこと」が起こらない社会が作られていくといいなとおもいます。

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