今日はパワハラを我慢し続けた結果何がおこったのか、パニック障害のなかでもかなり辛い、過呼吸になった経緯について触れていきます。動悸、吐き気、ふわふわする、立ちくらみ、こういった身体のストレス反応を無視し続けると、こういうことが起こるという一例としてどなたかの参考になれば幸いです。
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死にたいほど苦しいのに、絶対死ねない、「過呼吸」とは
過呼吸は、パニック発作と呼ばれる症状の1つだと言われています。精神的な不安や、緊張などを感じているとき、無意識のうちに呼吸回数が異常に増えてしまう状態です。
具体的には、下記のような症状がみられます。
- 息苦しさ
- 呼吸が速くなる
- 胸部の圧迫感や痛み
- 動悸
- 目眩
- 手足や唇の痺れ
- 頭がボーッとする
- 死の恐怖を感じる、パニックになる
- まれに失神
帰宅中に起こした私のケース
私は会社の帰り道、整体でした。あまりに仕事が辛く、最初はただ泣いていただけだったんです。嗚咽が止まらず、スタッフさんがずっと背中を撫でてくれていました。しかしだんだん呼吸が苦しくなってきて、吸っても、吸っても、苦しくなるばかり。呼吸のしかたがわからなくなってしまったんでしょうね。だんだん手足が痺れてきて、全く動けなくなり、救急車を呼ぶことになりました。
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ずっと隣で話しかけてくれた救急隊員のおじさん
救急隊員のおじさんは「大丈夫、似たような症状が出る子いるからね」「話していたほうが、呼吸が楽になるから」と、ずっと声をかけてくれました。そして「落ち着いたら、心療内科にいくのがいいかもしれないね」と。このときはじめて、病院にいくほど、心にダメージを受けていたことに気がつきました。
1年ほど身体が出していたサインを見てみぬフリをして過ごした結果でした。上司からの嫌み、貰った言葉が頭の中でグルグルしてました。わたしが至らなかったんじゃないか、でも、そこまで言うことないじゃないか、と。
病院では特に治療はなし、落ち着いたら帰宅
搬送先の病院の看護婦さんはとても冷たくて(多分夜間で忙しかったんでしょうが) 「吐き気が落ち着いたら帰っていいですよ」と告げられました。でも他のケースも見ていると、これはよくあることのようです。検査をしても異常がないので、病院側も特に何もできないのかもしれません。懇願して精神安定剤だけをもらい、迎えにきてくれた両親とともに近くのビジネスホテルへむかいました。常に吐き気と謎の不安に襲われていましたので、とても電車に乗れる状態ではなかったのです。
過呼吸の経験者として、思うこと
あれから2年がたちますが、あそこまで酷い過呼吸は1度だけでした。あれは率いていたプロジェクトの大詰めで、倉庫の説得をコンサル会社と取り切ったあとでした。プロジェクトを引き継いでくれる同僚には「もう限界かもしれないので、転職するかもしれません」ということを伝えて、
そうであれば、このプロジェクトは引き継ぎます。絶対に成功させるので、どうか安心してください
と言葉をもらい、緊張していた気持ちがゆるんだことも一因だったかと思います。もうこれ以上がんばらなくていいんだ、と。ああ、ここからようやく解放されるのだと。
精神病は、わたしには無縁だとおもっていた
精神病は、わたしには無縁だと思っていました。あの日の朝もいつもと変わらず家を出て、愚痴だってほぼ口にしていなかった。でも今思うと、あれは言ってなかったのではなく言えなかった。パワハラが辛すぎて口に出すことすら避けていたんですよね。
ここで逃げたら負けだ、と思い続けて結局心身を壊してしまった。なんども思いました、もっとはやく逃げればよかった、と。動けなくなってからじゃ遅いのにと。だから理不尽なことからは、真っ正面から立ち向かわず時には逃げることも大切なのだと、いまはおもうのです。
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あとがきにかえて
なかなか退職の踏ん切りがつかず、我慢したのは「人気のアパレルメーカー、高層階のおしゃれなオフィス」で働くことの、意地とプライドが捨てきれなかったからもあると思います。パワハラがあれど、「ここで頑張る」としがみついていた。でもいまはその何十倍もの大きな企業で、もっと大きく、人間関係も豊かなところにいます。違和感を感じたらさっさと出て行くほうがいいのかなと、いまは心からおもうのです。それから何ヶ月たっても症状は完治していないし、薬も飲み続けているのですから。自分が心身ともに健康でいることがなによりも大切です。どうか自分の心を一番大切にしてください。
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